青梅・奥多摩の産業
2002.6〜2003.3
6月号
青梅商工会館 昭和29年12月の写真です。青梅市公民館内より移転し、青梅警察署(市警察)跡に入居しました。(現在の青梅商業協同組合本町駐車場)看板の「観光・ふとん地・商店街 青梅」からも当時の産業が蘇ります。
7月号
青梅織物 江戸時代から「青梅縞」「青梅綿」として有名であった繊維産業は、戦後、機織りの機械をガチャッと一織りすれば1万円儲かったと言われ、「ガチャ万」の時代と呼ばれた。昭和30年代には500余の工場、一万台の織機を有し、「夜具地は青梅」と一世を風靡した。
8月号
小河内ダム
 小河内ダムは、昭和13年11月に建設が始まり(昭和18年10月から昭和23年8月まで戦争のため中断)19余年の歳月を要して昭和32年11月26日に水道専用ダムとして完成(総工費約150億円・移転945世帯)した。
9月号
ちょうちんまつり 開都500年記念大東京まつりに協賛して昭和31年10月に青梅織姫まつりとちょうちん装飾まつり(1万個)が実施された。商店街では、七夕飾と竿灯(かんとう)をミックスさせた「ちょうちん飾り」を行い、竹1本に100個の紅白ちょうちんをつけ、夜にはちょうちん行列を企画して祭りを盛りあげた。
10月号
青梅材 青梅材は、江戸時代より使用されたと伝えられている。青梅を中心とした西多摩山地は、杉・檜の植林に適しており、林業が盛んでした。材木の運搬には、多摩川を筏で流す方法がとられていましたが、大正時代に登場したトラック運送により、川を下る筏師の姿を見ることができなくなりました。
11月号
貨物列車 昭和34年より石灰石の需要増加に対応するため鉄道による輸送力が強化され、特殊貨車を氷川駅(現在の奥多摩駅)に配備しました。昭和37年までに累計110輌が配備され、ピストン列車は1日20列車が運行されましたが、平成10年8月に貨物列車は廃止されました。
12月号
創立50周年 青梅商工会議所は、昭和27年11月26日に全国で348番目の商工会議所として創立され、本年11月で50周年の記念すべき年を迎えました。11月27日(水)には、50周年記念として記念式典並びに記念講演会を青梅市民会館において開催しました。
1月号
西東京工業団地 昭和41年9月に西東京工業団地が完成。昭和42年以降の工業団地への企業進出により、伝統的な織物業から電気・機械工業が産業として発展した。
2月号
生まれ変わる青梅駅前 東部地区の開発に平行して、既成市街地の中心となっている青梅駅前の改造が、昭和43年度から3ヵ年継続事業で実施され、昭和47年11月に青梅駅前改造共栄ビルが落成した。
3月号
奥多摩有料道路 奥多摩町と檜原村を結ぶため、昭和48年4月に奥多摩有料道路(延長19.7q)が開通した。生活道路及び観光道路として多くの方に利用され、平成2年4月から無料となり、名称も奥多摩周遊道路となった。